車中で本を読んでいたせいか、立ち上がるや目を覆い、眩んだ拍子に閉じたドアへと背中をもたれた。目を慣らそうと太陽のない方向に目を向けると、空があまりに高く感じられるのは、その距離を推し量るための雲がどこにも見当たらないからなのだろう。
――『おもてなしの旅』

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おはようございます。農学生命科学3年工藤たかゆきこと、わたしです。
年末12月も土曜の夜は弘大ラジオ。今月は『大切な人』へ贈る『おもてなしの旅』ということで、人文社会科学部2年の津島かんくんが、理工学部同じく2年にして弘大ラジオサークル代表の大久保ゆうたくんをもてなすべく秋田県大館市へと赴きました。

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【ふるさわ温泉 光葉館】

大館市に到着したのは午前10時過ぎ。まず向かったのはふるさわ温泉・光葉館でした。ここでは2匹の秋田犬を飼育しており、えさやり(有料)やふれあい、写真撮影をさせてもらうことができます。(撮影した記念写真は了解のもとふるさわ温泉のinstagramに掲載してもらえます)
(リンク:取材時の写真のinstagram)
https://www.instagram.com/p/Bq37NXhHw3v/?utm_source=ig_web_copy_link

収録した12月上旬時点では、母親の温(はる)ちゃんは1歳、息子の華(はな)ちゃんは生後半年とのことでしたが、体の大きさは同じくらいで一見では親子には見えないほどでした。立ち上がれば私たちの肩くらいまでは丈のありそうな、さすがは秋田犬という体格でした。しかし性格は非常に穏やかで、首元の毛に手を入れると気持ちよさそうに身をよじっていました。ときたま2匹で激しく組み合う姿が見えたのですが、それは親子の躾のようなものだそうです。
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看板娘の毛皮の感触を手に残しつつ扉を抜けると、木目ばりの床を釣り照明がまばらに照らす、レトロな玄関口に出迎えられます。だるまストーブに手をかざし、曲線的な木製の机の席に着くと、暖かい安心感が深い息となって溢れ出ていくのを感じます。カウンター向かいは喫茶スペースとなっており、源泉を使ったコーヒーやお汁粉・プリンを注文することができます。ふるさわ温泉の源泉は温泉水としてだけでなく、飲料水としても効能の高い『飲泉』と呼ばれる利用方法があるそうで、水そのままで飲むこともできます。普通の水に比べてほのかにしょっぱいような味もしますが、舌に液体が触れた瞬間の抵抗感がほとんどなく、するりと飲めてしまう口当たりの良さが最大の特徴だとわたしは思いました。

そして、温泉に首まで浸かり、緊張の抜けた頭に力の入らないぽかぽかの体をなんとか動かして、2匹の看板娘に手を振りながらふるさわ温泉を後にしました。

☆tips;ナトリウム硫酸塩泉
無色透明で、弱いアルカリ性のため温泉はややぬめぬめする。飲むと肝臓の機能が活性化され、糖尿病や便秘に効くのだとか。

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【秋田比内や 大舘本店】

少し頭が覚めて唐突に思い起こされた空腹感に、為すすべもなく誘われたわたしたちは、秋田比内や大館本店に針路をとりました。

土蔵のような窓のない部屋に通されると、自然と意識は部屋の中央に向きました。一畳ほどの木枠が足首ほどの高さに浮いており、その中心に積まれた灰の山の頂が、静かに橙色の熱線を放っていました。正座の目線から見回すと、重厚な囲炉裏を取り巻くいくつかの古風な調度には、この部屋に入る人間に静謐を促す魔力が潜んでいるようでした。心地よい雰囲気でしばし待つと、木の蓋を落とした黒い鍋が運ばれてきました。蓋を上げると水の沸き立つ音とともに、比内地鶏の出汁が香ってくると、のど元に唾がたまるのを感じます。ひと煮立ちした後、鍋全体にセリの葉が振りかけられ、濃厚だった鶏肉の香りにさわやかなアクセントが混ざります。鶏肉・きりたんぽ・卵をとり、たっぷりのだし汁を注がれた、大舘名物曲げわっぱのお椀からは、食欲を刺激する熱を手に感じます。比内地鶏の黄金色の油と出汁がよくしみ込んだきりたんぽは舌でほぐれるほどの柔らかさで、しみ込んだ出汁がお米の食感とともに溶けていきます。

ここ秋田比内や大舘本店では、コースを予約をするとこのように個室で囲炉裏を囲んで食事をすることができます。わたしたちがいただいた料理は、かつて山地で狩りを営んでいた『マタギ』の人々が食べていた山の幸の料理をテーマにしているらしく、雪山から家へと帰り、自然の恵みを感謝とともに口にする猟師の気持ちを体験したかのようでした。

静かな小部屋の安心感、囲炉裏と鍋の優しい熱気、そして喉に染み渡る旨味に蕩かされながらも、時計の針に背中を刺され、空のお椀に手を合わせて席を立つのでした。

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☆tips;『きりたんぽ』という名前
ご飯を練って棒に巻いたものは『たんぽ』と呼ばれ、鍋に入れたりするときに斜め切りにしたものを『切りたんぽ』と呼ぶんだとか。

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【大滝薬師神社 鶴癒の足湯】

秋田比内やを出ると、沈みゆく太陽を追うようにして大舘市郊外へと車を走らせました。大滝薬師神社は、大舘駅などのある中心部から30分ほどの住宅地の中に構えられています。神社へと通じる鳥居の側に、『鶴癒の足湯』と書かれた東屋が建てられており、足湯が開放されています。

空はほとんど濃紺に権勢を明け渡し、山の彼方から微か黄色が滲むばかりの時刻、夕暮れの住宅街の侵しがたい静けさの中、二人は缶コーヒーの乾杯を交わしました。日頃の感謝を伝えるために、こんな演出を持ってくるかんくんと、それを受け容れるゆうたくん、それぞれの優しさが感じられる、そんな旅の終わりであるのでした。

☆tips;薬師神社
この名前をもつ神社は全国にあり、共通して『薬師如来』という仏様を祀っている。病を治し、健康的な生活を広めた『医薬の仏様』なんだとか。

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【旅を終えて】

今回の旅、わたしはディレクターとして、どの場所でどんな場面を収録するということをまとめる役割を担っていたのですが、友達のためにここまで一生懸命にもてなしをしようというかんくんの姿勢に驚くばかりでした。自分なら、大切な人のために、どんな気持ちを、どんな形で贈りましょう。たまにはこんなことを考えて、友達を旅に誘うのも悪くはないと思ったわたしでした。

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【製作者紹介】

津島かん(人文社会科学部2年)
良き友人。もてなす立場なのに楽しんでいたことを省みていたが、別にいいんじゃないかと私は思う。

大久保ゆうた(理工学部2年)
サークル代表で苦労人。高級な料理に見合うだけの語彙を欲した。

奥平ふさえ(人文社会科学部2年)
音を取り仕切る人。秋田犬に向けたマイクを食われた。

工藤たかゆき(農学生命科学部3年)
場面を作る人。湯舟でヘッドホンを濡らした。

藤田かほ(教育学部3年)
旅の計画を支える人。秋田犬の写真を撫でていた。

榊原そらのすけ(農学生命科学部2年)
謎の旅行者。私用で大館を歩いていたところを偶然発見・保護された。